「音楽療法」という言葉をご存知でしょうか。
これは「音楽を歌う・聴く・演奏する・リズムを取る・楽器を演奏する」行為を通して、心身の健康を回復させることを目的とする治療法です。
個人だけではなく、集団に対しても効果があることも実証済みです。また、子どもの発達支援や高齢者の健康維持・介護予防の面でも導入されております。
今回の記事では、高齢者に対する音楽療法を使った取り組みを紹介します。
高齢福祉に携わっている人達がこの記事を読んで、高齢者へのケアの参考にしていただけたら幸いです。
介護現場での音楽療法のメリット①:コミュニケーションへのアプローチ

介護施設に入居している高齢者の方々が、元気よく話している姿を見かけることは少ない場合があります。慣れない集団生活によって萎縮したり、病気や年齢、障がいによって「できなくなった自分」に嫌気がさし、そのことを人に知られたくないが故に、関わりを避けてしまうからです。
そんな悪循環が、結果的に利用者の「孤立」を招き、「心の不安定」にも繋がります。
そこで「音楽療法」の出番です。
昔、自分達が聴き、口ずさんでいた曲は、自分の人生の記憶を鮮明に思い出させます。
そして、それはコミュニケーションの側面において影響を及ぼします。歌を通して、同じ時代を生きた人達と体験を共有し、交流を図ることができるというものです。
見知らぬ人達との共同生活は想像以上の緊張や不安をもたらします。
しかし、自分の人生の思い出話を歌がきっかけで呼び起されたら、「思い出すことができた=記憶面での自信回復」と「他者交流による人間関係の改善」にも繋がるでしょう。
ちなみに、人生を振り返り、過去を思い出すことで、気持ちの安定やコミュニケーションの活性化を図るのを「回想法」と言います。
他者とのコミュニケーションには「自己への自信」がないと成立しません。
そういった人間の内面部分にも強く踏み込める「音楽療法」は高齢者介護の現場において欠かせないものと言えるでしょう。
介護現場での音楽療法のメリット②:認知症の緩和

「認知症」は65歳以上の高齢者の約7人に1人が発症すると言われるくらい有名になった病気です。
しかし、昨今の研究報告によると「音楽療法」は「認知症」の緩和に効果があることが分かりました。
では、具体的にどういった点で効果があるのでしょうか。
そもそも「認知症」とは、脳の変化に伴い、外界を正しく認識し、実行するための「認知機能」を中心とする様々な機能が今まで通りに働かなくなった状態のことを指します。その状態は「記憶力」「言語機能」「動作機能」の低下を招いています。
この状態は利用者や職員とのコミュニケーション面において弊害をもたらしたり、食事・入浴・排泄のハードルを高め、事故へと繋がりやすくなります。
そこで「音楽療法」の出番です。
音楽を「聴く」行為は「知覚機能」と「認知機能」を刺激し、「歌う」行為は「言語機能」と「記憶機能」「行為・遂行機能」を刺激し、活性化させる力があります。
「認知症」とは脳の機能が低下している状態です。それを音楽によって、外側から刺激することによって、状態の低下を防ぎ、症状の緩和にも繋がります。
また音楽は、感情を作り出す「扁桃体」にも影響を及ぼします。そのことが結果的に認知症の「機能不全」に伴う意欲低下を食い止めることができるのです。
身体面における劇的な回復は見込めなくても、根幹となる「精神的側面」に好影響を与えることができる「音楽療法」は認知症を含んだ機能不全を抱える高齢者の方々のケアに適しているといえるでしょう。
介護現場での音楽療法のメリット③:機能回復

年を取ると、身体機能が衰え、可動範囲が狭くなっていきます。
しかし、その事実に打ちのめされて、リハビリもせず、部屋に閉じこもっていると余計に悪化してしまいます。
人間、使わない機能は自然に衰えるようにできています。引きこもりの人がほとんど喋らない生活を送っていると、久しぶりに人と話したときに、とっさに言葉が出なくなるのと同じです。
だからこそ、支援する側としては、高齢者の機能回復も念頭において接する必要があります。
但し、高齢者ができる限り楽しんで臨んでくれないと意味がありません。
しかし、「音楽療法」はまさに機能回復にうってつけなのです。
「音楽療法」における「聴く」「歌う」「演奏する」「リズムに乗る」の4つの観点から見ていきます。
「聴く」行為は耳の「聴覚」機能を刺激するだけではなく、歌の内容を「集中」して「思い出す」と言った脳の部分にまで働きかけることができます。
「歌う」行為は「言語機能」に伴う「口」を刺激します。コミュニケーションの場面だけではなく、食事の際の「誤飲」や「誤嚥性肺炎」の防止にも役立ちます。しっかりと口の開け閉めを行う動作を思い出し、事故の防止にも繋がります。
「演奏する」行為は手足だけではなく、目の前に準備された楽器に注意を向け、どこを押せば正しい音が出るのか、どこを叩けば音が鳴るのかと言った「聴覚=耳」「視覚=目」に影響を与えます。
「リズムに乗る」際には当然、手足等の体全体を動かします。そして、リズムに乗るためには一定のパターンを把握する必要があるのです。この一連の流れは、バランスを取り、一定のリズムを取ることで、転ばないようにする「歩行・移動」訓練になります。
「音楽療法」は目に見える部分だけではなく、目に見えない部分の機能も回復させるきっかけ作りともなるのです。
各々にあった方法を取り入れよう

「対人」「精神」「身体」の面から「音楽療法」の効果を述べました。
どの面においても利用者が抱える「不安」が様々な問題の根幹を成しているといえます。
だからこそ、実施・導入する側と致しましては、ただ単に音楽を使って楽しんでもらうことだけではなく、1人1人が何を求めているのかを理解した上で、一方的にではなく、職員と利用者が一緒に楽しむことを目的とし、人との関わりや協調性を育む時間を提供していく必要があります。
それこそが「音楽療法」を導入する醍醐味といえるでしょう。